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世界一周前のアイルランド留学記録

2017年2月より約20ヶ月に渡る留学と世界一周という壮大?なプロジェクトの奮闘記でございます。

今まで行った国の話でも~はじめてのネパール編~

ご無沙汰しております。田中です。

 

新年、みなさんどうお過ごしでしょうか?

僕はひたすら寝てます。

 

せっかく世界一周準備ブログにも参加しているわけですし、今まで行った国の紹介でもしようと思います。

 

僕が初めて行ったのは、神々の住む国ネパール。一昨年の夏に行きました。

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まあ、正確には幼稚園のころにバリ島に行ったことあるけど笑。

 

 

なんでまたネパールやねん、とか皆さん思うでしょうけど、実はこれ海外ボランティアとして行ってたんですよね。

基本的には海外ボランティアには興味ありませんでしたし、それどころか、

 

貧困国とかww ボランティアとかww 意識高い系かよww

まあー、やってる人たちには悪いですけど、こんな感じのこと思ってました笑。

 

 

じゃあ、なんで海外ボランティアとかやろうと思ったのか、

 

暇だったから

ちょうどウィンドサーフィンも体を壊してやめたのでほんとにやることなかったんですよね。

あ、あと

出会いが欲しかった

ちょうどその時期女の子にこぴっどくフラれたので笑。

 

そんな感じで偶然と偶然が重なり田中を異国の地へと踏み出させたのです。

 

 

ボランティアの内容としては家を建てることと、あとちょうどその時期ネパールで地震があったので瓦礫撤去作業。たしか10日間くらいでした。

ボランティア団体の母体はHabitat for humanity という団体で主に住居を専門としている国際NGO団体です。日本じゃまったく知名度ないですが、アメリカではスタバ並みに有名って聞きました。現に、アメリカ人の友達にこの団体のこと聞いたらめっちゃ詳しく知ってましたし。

このボランティアはHabitat for humanity に所属している学生20人ほどで行きました。女の子いっぱいいましたけど勿論、彼女はできませんでした笑。

 

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国際空港のある首都、カトマンズでは連日、デモが行われていました。地震直後のせいもあり、情勢は不安定だったようです。

 

まず、最初はチトワンという土地での住居建築活動。簡単に言うと家を建てることです。

 

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最初はこーんな感じの更地だったんですけど、

 

 

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5日後にはなかなか立派な土台に。

 

日程の関係もあり、住居建築活動は5日間しかできなかったために土台しか作れませんでしたが、この後の作業を違うチームが引き継ぎ、家を完成させるらしいです。

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みんなでお別れパーティー

 

 

次に向かった地はカブレ。地震の被害が大きかったところです。ここでは瓦礫撤去作業が主な仕事でした。僕ら以外に、アメリカから来たチームと合同で作業しました。

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正に瓦礫の山。家なんかみんなめちゃくちゃになってました。

幸い、僕たちの行った村では死者はいなかったみたいです。

ネパール地震の震度は6弱~5弱ほど、日本でこの規模の地震が起きればまず、建物は倒壊したりしないですよね?ここまで被害が大きくなってしまったのは建物の構造が原因なんです。

 

ネパールの建物、特に上の写真のようなものは土を固めて壁を作っているようです。故に、非常に衝撃に脆く、すぐ壊れてしまいます。また、土で出来ているので粉塵が物凄いです。息できません。

 

僕が海外ボランティアに行ってみた理由は実はもう一つあるんです。

 

それは、悲惨にいる状況の人をみてみたいから。

 

テレビでしか、本でしか見たことがない光景

 

ガリガリにやせ細り今にも死にそうな子供たち。

大人たちに性処理の道具としてボロボロにされる少年少女たち。

政治、思想、宗教に弾圧され、生まれた土地を奪われた民族たち。

まるで当たり前のように消費されていく命たち。

 

とにかくなんでもいいから悲惨な状況にいる人たちを見てみたかった。別に手を差し伸べるわけでも、何かを与えるわけでもなく、ただ純粋にどんな顔をして、どんな目で生きているのか。

 

 

しかし、カブレで見た人たちは僕の期待を裏切るものでした。何も諦めていないような、前だけまっすぐ見ているような。そんな目をしていました。

それはもちろん地震の被害にあっていないチトワンの人々も。

 

わけのわかんない国からたくさん人が来て、なにやらわちゃわちゃやっていればそりゃあ、嫌でもそんな目をするだろうし、自分たちが知っている彼ら彼女らのことはほんの少しだけ。普段の生活は全く知らないし、バックグラウンドだって知らない。

短期間だけ関わっただけで理解した気になるのはお門違い。

 

基本的に僕はこのように思ってますけど、自分たちのいたほんの数日でも彼ら彼女らにいいバイブスを与えられたのなら良かったんじゃないかとは少しだけ思ったりしてます。

 

 

次に行ったのはサクという地域。地震の被害がかなり大きかったところです。

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ネパールに行ったのは9月ごろで地震発生からは約4,5ヶ月ほどたっていましたが、ほぼ地震発生直後と同じ状態。最初の数週間は様々な国から救助隊が来てたようですが、すぐにいなくなり、僕たちが行った時点では中国の救助隊のテントが一つだけ。

 

人々の目はどんよりとくすみ、何か諦めにも似た感情。人が大勢死に、家は無くなり、瓦礫の山。人々に忘れられ、放置される。

 

これが僕の見たかった光景でした。

 

あれほど見たかった光景も目の当たりにすると、目を背けたくなってしまい、言葉にならない感情が頭の中でぐるぐると渦巻いていました。

なにかしなくちゃいけないけど、自分にはなにもできない。海外ボランティアとかやって、なにか素晴らしい人間になった気がしてたけど、そんなものには程遠い。そもそもこんなことになってるなんて知らなかった。

 

見てみたかった光景を見て、理解したのは自分はひたすら無知であり、無力であるということ。

 

 

その日の夜、空は満点の星空でした。

こんなもの初めて見たし、すごい綺麗でした。

なんとなく、あ、これも俺が見たかった光景なのかな、って。

 

 

次の日は最終日、カトマンズで過ごしました。

あるいていると前からスケボーにまたがった少年がやってきました。

遠目にはわかんなかったんですけど、そのこ両足がなかったんですよね。

そして手をだして金をねだってきました。いわゆる物乞いってやつです。

 

傍から見れば悲惨な状況にあるこの少年をみて、多くの人は目を背けます。

それは自分の信じてる綺麗な世界を汚したくないから。

自分に都合のいい解釈だけできるものを見たいから。

もうこれ以上傷つきたくないから。

 

僕もそのような気持ちがありましたが、勇気を出して彼を見つめてみました。

彼の目はチトワンやカブレで出会った人たちと同じ目をしていました。

好奇心と、無邪気さと、何か希望があるような目。

 

たぶん、彼の存在が僕を旅に出させるきっかけになっています。

僕から見れば悲惨な状況の彼が、なぜこんな目をしているのか。

昨晩見た、星空の光景と相まって、僕はその時に決心しました。

 

この世界の死ぬほど、言葉が出なくなるほど綺麗な光景と

この世界で目を背けたくなって、見たくないと思うような光景。

 

この二つを見てみたいと思いました。この世界の綺麗なものと汚いもの。

 

 

だから僕は旅をするんだと思います。

 

では、世界のどこかでお会いしましょう。

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